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第415号 1992(H4).05発行

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イチゴに対するロングSの施肥改善効果について

香川県農業試験場 三木分場
主任技師 近藤 弘志

1.促成イチゴの栽培体系の驚異的変化

 促成栽培型のイチゴは昭和60年代に入って驚異的な品種更新が進められ,わずかな期間のうちに「女峰」,「とよのか」の2品種が産地,市場ともに占領するようになった。どちらの品種も外観,食味,日持ちなど,果実の品質が優れていることと同時に,それまでの早生品種よりもさらに花芽分化時期が早く,価格の高い年内に多くの収量を得ることができ,経営上有利となることが評価されたものである。

 品種が変わるのと同時に,両品種の特性を生かしてさらに収穫時期を前進させる技術が導入された。窒素中断や低温処理を効率よく行い,花芽分化時期をさらに早める育苗技術がそれで,ポット(鉢)育苗をはじめ,低温暗黒処理,夜冷処理などがあげられる。これらはすでに各産地に広く普及しており,品質の高い果実を11月上旬から出荷することが容易に行われるようになった。

 一方,こうした急激な変化が生産現場にもたらした問題点も数多い。それらは病害虫の多発や果実の着色不良といった,主に品種の性質に由来するものと,育苗期間の長期化や定植後の活着不良などといった,主に作期や栽培法の変化によるものとに大きく分けられる。もちろん,両者が密接に関係していることはいうまでもない。

2.変化がもたらした施肥管理上の問題点

 施肥管理の点でも,定植時期が早まったことによる影響が現れている。イチゴの促成栽培では,定植から収穫打ち切りまでの期間が7~9か月にも及ぶうえ,マルチングや着果位置の関係で追肥がやりにくく,NKロングなどの緩効性肥料による基肥主体の施肥管理が行われる場合が多い。

 ところが,香川県における「女峰」の栽培パターンを例にとって定植時期を比較すると,最も早い夜冷育苗促成の場合,従来の促成栽培(品種:「宝交早生」)に比べ約1か月も早い(表-1)。

 このため,基肥がより高温時に施用されることになる。たいていの肥料は高温時ほど溶出が盛んになるため,定植直後に肥効が高まることになってしまう。しかもイチゴの場合,ハウスものといっても定植から1か月ほどはビニールがかかっておらず,雨ざらしとなっているため,肥料分の溶出になお拍車がかかる。

 これでは,長期間効くという緩効性肥料の役目を果たさないばかりか,窒素過多により茎葉が繁りすぎたり,腋花房の花芽分化が遅れる原因となる。また腋花房によくみられる不授精果や変形果などは,第一の原因は温度であるが,花芽が生長する時期の窒素過多も,どうやら関係しているようである。

 こうした問題点をふまえて,施用直後,あるいは高温時の過剰な溶出を抑えた肥料が現場で求められている。

3.NKロングSの施肥改善効果確認試験

 このたび当場において,こういった条件を満たす肥料のひとつとして「NKロング203-Sタイプ」を選び,香川県の主力品種である「女峰」の夜冷育苗促成栽培に対する効果について,調査を行った。

 この肥料は,施用後30日間の肥効を抑えた肥料とのことであり,従来の施肥における問題点の改善が期待できる。今回はあまり詳しい調査はできなかったが,現場でいくらかの参考になるのではと思い,結果を簡単にお知らせする。

(1) Testing method

 試験は2か年にかけて行い,1989年秋定植分には「NKロングS-160日タイプ*」を,1990年秋定植分には同じく「140日タイプ」を用いた。

 試験区の構成は表-2に示したとおりで,Sタイプを従来の「NKロング-140日タイプ」に置き換えた区と,さらに「いちご配合肥料」の一部を置き換えた「増施(100kg)区」を設けた。標準区は県野菜栽培指針にほぼ準じて設計した。施肥方法は全量全層施肥とした。

 品種は「女峰」を用いた。「女峰」は現在香川県で栽培されているイチゴの約6割を占めている。

 作型は夜冷育苗促成栽培で,160日タイプは8月前半,140日タイプは8月後半に,それぞれ夜冷処理を開始するパターンとした。耕種概要については,表-3に示したとおりである。

(2)結果の概要

①生育について

 栽培期間中,何度か地上部の生育調査を行ったが,その結果の主なものを表-4,5に示した。

 育苗にロックウール粒状綿を用いたことと,定植が遅れてやや老化苗となったために活着が悪く,初期生育はどの区ともふるわなかった。初期には標準区の生育が盛んとなることが予想されたのであるが,このような理由からか,区間差はあまり認められなかった。

 収穫が進むと,いわゆる「成り疲れ」と低温により生育が落ち込むが,この現象は両試験とも標準区で最も目立った。一方Sタイプ,中でもS-160日タイプは春先に生育がいち早く回復し,旺盛となる傾向がみられた。このことから,溶出が遅れて進むSタイプの特徴が,生育に影響を与えたことがうかがえる。

②収量について

 階級別,月別の可版物重量,および月別の平均1果重について調べた結果を図-1~6に示した。調査はS-160日タイプについては4月20日まで,S-140日タイプについては4月末日まで行った。

 活着,初期生育がよくなかったため,収穫開始も予定より遅くなった。収穫開始時期は9月18日定植分(S-160日タイプ)は11月中下旬,9月25日定植分(S-140日タイプ)は12月初旬で,区間差は明確には認められなかった。

 タイプ別に内容をみてみると,S-160日タイプでは全収量は80kg区,100kg区ともに標準区の109%となり,わずかに増収となった。商品価値の高いM級以上の収量についても,だいたい同じ傾向となった(図-1)。

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 また月別の収量をみると,低温期,特に1月の収量が,標準区より多くなっていることがわかる(図-2)。この栽培パターンでは,1月は腋花房の収穫が始まる時期であり,S-160日タイプの施用が腋花房の分化にプラスに働き,腋花房の発生の前進化となり,大型化なりに役立っていると考えられる。

 平均1果重については,区によりばらつきがみられたが,トータルではあまり差は現れなかった(図-3)。

 一方S-140日タイプについては,全収量は80kg区,100kg区ともに標準区の108%と,やはりわずかに増加した。しかし,M級以上の比率はほとんど差がなかった(図-4)。

 月別の収量をみると,100kg区の2,3月の収量が多くなった(図-5)。この作は秋の気温が特に高く,腋花房の発生が遅れる条件がそろっていたが,窒素のうちのSタイプの比率を高めたことが,腋花房の発達や収穫時期の前進化に役立ったとも考えられる。なお平均1果重については,あまり差はみられなかった(図-6)。

 以上の結果をまとめてみると,まずSタイプの施用により,収量の増加が期待できることがわかった。特に腋花房にはプラスに働いていると考えられる。これは,定植直後の窒素過多による腋花房の分化や発達の遅れが抑えられたことによるものと思われる。

 また,収穫期中盤からの肥え切れによる生育の低下が防げることもわかった。これは肥効が長続きすることの現れであり,収穫期間の長い「女峰」にはことに有利となることが予想される。

 今回の試験では,作業上の不備もあって差はあまり顕著には現れず,また腋花房の変形異の防止効果も認めることができなかった。しかし,さらに作期を前進させた場合,高温の時期をより長く経過することによる効果の差が,よりはっきり現れるのではないかと考えられる。

4.省力化に果たす緩効性肥料の役割

 促成イチゴに対する,NKロングSタイプのような緩効性肥料の重要性はすでに述べたとおりであるが,このほかにも考慮すべき点がある。それは,省力化の問題である。

 イチゴに限らず,野菜類の生産現場では,高齢化や後継者難などによる労力不足が慢性化している。このため生産者はなんとか省力化を図ろうと,模索を繰り返している。

 育苗も含めると一作が1か年以上にわたるイチゴ栽培の場合,本ぽの施肥管理は省力化を図るうえではそれほど重要視されないかもしれない。けれども,9か月間の本ぽでの栽培期間中には,必ず追肥に労力を傾ける必要が出てくる。

 イチゴに追肥をやる場合,生産者は果実を汚さないように慎重にマルチをめくりあげ,畝を崩さないように株間や畝の肩に肥料を入れる。すべてしゃがむか,腰を曲げて行わなければならない。こうした作業は,そう何度もできることではない。

 液肥で対応することも多いが,「女峰」はかん水の量をかなり抑えて作るため,あまり多くの養分の供給は期待できない。

 このようなことからも,確実に長期間肥効が持続し,しかも初期の窒素過多の心配がいらないSタイプのような肥料は,心理的な面も含めて生産者の労働の緩和に役立つものと思われる。

 

 

肥料の来た道,帰る道
6.工業化社会の幕あけと鉱物肥料の登場

京都大学
名誉教授 高橋 英一

 産業革命は工業化社会の時代の幕をあけた。工業化社会は鉱物エネルギーに基礎をおいた経済社会であり,当時の代表的な顔は石炭であった。それまでのヨーロッパの生活は前回にも述べたように土地の生み出す有機物に大きく依存しており,その生産性をあげるために投入される肥料もまた土地由来の有機物であった。

 ところが19世紀になると地下から肥料効果をもった鉱物がもたらされ,従来の有機物肥料を補完するようになった。すなわちグアノ,チリ硝石,カリ鉱石そしてリン鉱石の登場である。この意義は大きく,それは19世紀におけるヨーロッパ人口の急激な増加にあらわれている。

 グアノは糞あるいはこやしを意味しており,インカの公用語であったケチュア語に由来している。赤道近くの無人島に大挙営巣するペリカンやグアナイ(海鵜の一種)やカツオドリなどの排泄物が遺骸とともに堆積化石化したもので,リン酸分と窒素分を含んでおり,インカの時代から肥料として重用されていた。

 グアノがヨーロッパへ伝わったのは19世紀はじめであるが,そのきっかけはフンボルト(Alexander von Humboldt)らが1799年から1804年にかけて行なった赤道アメリカの探検であった。フンボルトは1802年ペルーの首都リマの近くで,グアノの肥料価値について調査し,少量をドイツに持ち帰って試験をしている。こうして1810年ごろからペルーのグアノはヨーロッパへ輸出されるようになった。

 ペルーのグアノをヨーロッパに紹介したのはフンボルトであるが,このグアノをもたらしたものはフンボルト海流であった。ペルーの沖合には南極から北上した寒流(フンボルト海流)が通っているが,そのためにプランクトンが非常に豊富である。

 これを求めて魚が集まり,とくにアンチョビ(カタクチイワシ)の豊富な漁場になっている。そしてこのアンチョビを求めて海鳥類が群棲するためにグアノの堆積がおこるのである。つまり海水中の窒素とリンがまずプランクトンによって濃縮され,アンチョビ,海鳥という食物連鎖を経てヨーロッパの農地にもたらされたという次第である。

 南米からヨーロッパにもたらされたいま一つの肥料鉱物であるチリ硝石は,1809年タドイス・ヘンケ(Thadeus Haenke)によってチリ一の海岸山脈とアンデス山脈の間に横たわるアタカマ沙漠に発見され,1813年ごろスペイン人によって発掘がはじめられた。この鉱床の成因には諸説があるが,大きくわけると無機説と有機説になる。

 無機成因説は斜面や丘の上にあった凝灰岩と熔岩流に由来する硝酸塩が,沙漠環境下で露やまれにある降雨によって下へ運ばれてたまり,礫層中で蒸発沈澱したとするものである。有機成因説は海藻やグアノに窒素源を帰するものである。チリ硝石中には時として少量のホウ酸塩やヨウ素が含まれているが,これは有機成因説にとって有利である。

 精製されたチリ硝石(NaNO3)は約16%の窒素を含んでおり,これは当時の有機物肥料の10倍以上におよび顕著な肥効を示し,また火薬の原料としても有用であったので,消費は加速度的に増大し19世紀末には早くもその枯渇が憂慮されるようになった。そしてそれは後で述べる空中窒素の工業的固定を促すことになったのである。

 カリ(Kali ドイツ語,英語はpotash)は海藻灰(主成分はK2CO3とNa2CO3)を意味するアラビア語のqaliに由来する。つまりカリの給源は海辺の近くにあっては海藻,内陸では草木といった植物を燃やした灰であった。これは植物がカリウムをまわりから選択的に吸収する性質を利用したものであった。

 カリは肥料として効果があるだけでなく,ガラスや石けんの製造,さらには戦略物資として重要な硝石(KNO3)をつくるのにも必要になったので,大量の植物バイオマスが灰にされて消費されることになった。

 19世紀に入って西ヨーロッパではボーリングの技術が進歩したが,これによって地下深部の岩塩層が発見され,採掘されるようになった。その中で最も重要な出来事はドイツ中部の町シュタッスフルトでの岩塩層の発見であった。

 1856年竪坑は256mの深さで塩を含んだ地層に到達し,はじめは「不純な塩」であったがやがて岩塩層につき当った。塩の純度は塩化ナトリウムの含量で評価され,硫酸塩やマグネシクム塩,カリ塩などは不純な塩あるいは廃物の塩と呼ばれていた。

 シュタッスフルトの廃物の塩は分析の結果カリウム塩とくに塩化カリウムを多く含んでいることが明らかになったが,このカリウム塩に大きな価値がみいだされることになった。それはそれまで植物の灰からとっていたポタッシにかわり得ることがわかったからである。このことはまことに時宜にかなっていた。何故なら当時ロシアとアメリカの森林はも早ポタッシの無尽蔵の源でないことが明らかになりつつあったからである。

 シュタッスフルトの工場の大部分は硝石工場を併設していた。カリ塩の販路ははじめはほとんど硝石製造業者に限られていたが,次第に肥料製造業者にも広がっていっ
た。これには当時の農芸化学の権威であったリービヒの推奨の影響が大であった。

 岩塩層にカリ塩の集積がみられる原因はつぎのように説明されている。すなわち乾燥した地域に水平な砂州によって部分的に外海から遮断された湾があり,海水がその砂州を越えて湾の表面から蒸発した量しか入ってこない場合は,湾内で塩の濃縮とその結果として堆積が進行する。

 はじめ沈澱するのは石膏であるが,食塩濃度が海水の11倍になったところでその上に塩化ナトリウムが沈積をはじめる。塩化ナトリウムの沈積は湾の底と水面の高さを上昇させるので,上部の母液は砂州を越えて外海へ流出するようになる。そして一時期海水が湾内へ流れ込む一方で母液が外海へ流出する現象がつづくが,ついには粘稠になった母液が蒸発を減少させ,水面は低下しなくなり,海水の流入もとまる。

 砂州は閉じ,残った母液からマグネシウム塩とカリ塩が沈積する。ほとんどの岩塩層にカリ塩の集積が見られないのは,岩塩から閉め出されたマグネシウム塩とカリ塩を含む母液が流れてしまうためと考えられる。シュタッスフルトのカリ塩の層はその母液の一部が凹地に残った場合に相当している。(市場泰男訳 マルソーフ著 塩の世界史 による)

一口メモ
毒は薬のたとえ

 サールズ湖はカリフォルニアのモハーヴェ沙漠にあり,全塩濃度は34%を超え,液体というよりも固体に近い。湖の名は1873年ごろここでホウ砂の生産をはじめたJ. W. Searlesに因んでつけられたものである。

 その後この湖はポタッシも産出することがわかり(分析の結果塩化ナトリウム13.4%,炭酸ナトリウム4.9%,硫酸ナトリウム6.9%,塩化カリウム4.7%,ホウ砂1.5%その他を含む),1913年から18年まで政府はこれを「ポタッシ保留地」に指定した。第1次世界大戦によりアメリカもドイツからポタッシを輸入できなくなったからである。

 ところがこれを肥料として用いたところ,カリ塩の3分の1近くあったホウ砂がトウモロコシなどの作物に大きな被害を与え,これを供給した農業共同組合は農家に多額の損害保障をしたといわれる。1926年ロザムステッド試験場のWarington女史が,水耕したソラマメでホウ素の必須性を証明したが,中々認めてもらえなかったのはこの事件も関係している。しかし毒と薬は表裏一体であり,ホウ素にかぎらず微量必須元素の多くははじめは毒性元素として知られたのである。

 

 

茶樹の栄養生理・栽培特性と施肥(Ⅱ)

鹿児島県経済連 茶事業部
技術主管 藤嶋 哲男

Introduction.

 茶は茶樹の茎葉を利用する作物であり,かつ嗜好飲料であるため,収穫する茎葉の品質はきわめて重視される。一般に高品質の茶はアミノ酸やカフェインなどの含窒素化合物が多いので,高品質の茶を得ることを期待して窒素を主体としたかなり多量の施肥が行なわれている。

 しかし,摘採の早晩,摘採位置,被覆の有無,加工工程などによっても品質はかなり改変されるため,施肥と茶品質の関係には今一つ判然としない面がある。

 そこでつぎに,各種養分や,各時期に施用した窒素,土壌中の窒素などの茶樹による吸収状況からみた施肥についてのべる。

(1)季節別,器官別養分吸収状況

 いま,四年生茶樹について季節別,器官別の各種養分の吸収比を表1に示した。

 乾物重では6~12月の増加が大きいが,1~3月でも18%を占めており,冬期の生育量もかなり大きいことを示している。器官別では葉部が最も多いが,茎・根部でもそれぞれほぼ1/3ずつを占めている。

 各種養分の吸収比は乾物重にほぼ比例して6~12月に多く,器官別では葉部に70%内外が集中しており,乾物重の比率42%に比べかなり高くなっており,茎葉の増大を目的とした施肥がなされていることを示唆している。

 既述のごとく,茶の品質にとって窒素がもっとも重要な成分であり,ほかの養分も窒素にほぼ比例して吸収されていると考えられるので,以下,窒素にしぼってのべる。

(2)一番茶新芽窒素の由来

 茶樹に対する施肥は施用する時期によって秋肥,春肥,夏肥に大別される。いま,一番茶新芽窒素の由来を追跡した結果を図1に示した。

 一番茶新芽に含まれる窒素は,全体の19%が前年の秋肥,18%が春肥に由来するが,前年秋肥以前に吸収された窒素がかなり多い。このことは,樹体内にすでに蓄積され,新芽の伸長とともに転流してくる窒素がかなり多いことを示している。

(3)秋肥窒素の吸収状況と施肥

 秋肥は春から夏にかけての摘採によって消耗した樹勢を回復させ,翌年の一番茶発生のための枝条の充実を図るために行うものである。

 秋肥窒素の吸収率と器官別割合を図2に示した。

 秋肥窒素の吸収率は40%であり,全吸収量の52%は葉部,48%は茎・根部に吸収されている。この茎・根部にかなり多いことは二番茶以降の新芽への寄与が大きいものと推定される。

 秋肥は通常9月上中旬に行う。翌年一番茶摘採までの期間は長いので,当面の秋芽の充実を図るための速効性肥料と,樹体の維持向上を図るための持続性のある肥料との併用がよい。但し豪雨を伴う台風の襲来する季節でもあるので,肥料の溶脱を回避するため,秋肥を9月上旬と下旬の2回に分施することもある。

(4)春肥窒素の吸収状況と施肥

 春肥は一~三番茶の収量・品質を向上させるため,茶樹の蔚芽に先立って行われる。
 春肥窒素の吸収率と器官別割合を図3に示した。

 春肥窒素の吸収率は38%であり,全吸収量の79%が葉部に吸収され,とくに一番茶と成葉への吸収量が多い。このことは一番茶のとくに品質に及ぼす影響が大きく,一方成葉中の窒素は二・三番茶に影響を与えるものと考えられる。

 春肥は通常2月中旬~3月上旬に行う。肥料の種類は速効性肥料を主体として持続性の高い肥料との併用が望ましい。なお,春肥を2回に分け,1回目を早目に,2回目を遅目に施用することも有効であるが,この時期の地温は低いので,あまり早く施用しても効果の発現はおそい。

(5)夏肥窒素の吸収状況と施肥

 夏肥は二・三番茶の収量・品質,とくに後者の向上を図るために行うものである。
 夏肥窒素の吸収率と器官別割合を図4に示した。

 夏肥1(夏肥1回目)の吸収率は36.2%であり,全吸収量の71%が葉部に吸収され,二・三番茶にそれぞれ10%,古葉に31%吸収されている。

 夏肥2(夏肥2回目)の吸収率は43.4%であり,全吸収量の63%が葉部に吸収され,三番茶に14%,古葉に31%吸収されている。

 夏肥1は通常一番茶摘採直後,夏肥2は二番茶摘採直後に行い,いずれも速効性肥料を用いる。但し,この時期は梅雨期を中心とする雨の多い時期でもあり肥料の流亡が著しいので,できる限り分施回数を多くすることが望ましい。一方乾燥が続くと施肥の効果は少ないので,灌水または降雨を待って施用する。

(6)茶樹による肥料窒素および土壌窒素の季節別吸収量を表2に示した。

 有機物を施用した土壌では易分解性の土壌窒素(大部分は有機態窒素と推定される)の無機化量が多くなるため,土壌窒素の茶樹による吸収量が増加する。したがって有機物無施用のとき121.8mgが吸収されるのに対し,有機物施用のときは約4.7倍の569.2mgへと増加している。

 また,無機化は地温が上昇するにつれて促進されるが,有機物無施用のとき土壌窒素の年間吸収量の81%が6~8月に,14%が9~11月に吸収されるのに対し,有機物施用のとき63%が6~8月,28%が9~11月に吸収され,3~5月にも9%吸収され,土壌窒素を吸収する期間が長くなる。

 さらに全吸収量に占める土壌窒素の割合は有機物無施用のときは35%なのに対し,有機物施用のときは69%と著しく高まっている。

 このように有機物を施用して土壌窒素の富化を図ることにより,6~11月の土壌窒素吸収量を高めて夏,秋肥を節減しうることを示唆している。

Conclusion

 近年,茶の消費は高級化志向が強く,高品質の茶ほど有利に取引きされる傾向がある。そこで茶農家は高品質の茶を期待して,かなりの多量施肥を行っている。その結果,肥料費は高騰し,茶生葉生産費の約1/4にも及び,茶業経営をかなりf圧迫している。さらに最近では茶園からの肥料の流出による周辺環境への影響も懸念されている。

 そこで茶樹の栄養生理と栽培特性をよく理解し,とくに窒素の施肥効率を高めることにより,茶の収量や品質の維持・向上を図りつつ施肥の合理的な節減を図ることが肝要である。安易な減肥や節肥では茶の収量や品質の低下を招いて茶価の低迷をもたらし,茶業経営の向上とは結びつかないことを銘記すべきである。